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2016.10.28 » 6か月 前

田部井淳子さんを偲ぶ


毎年、2~3通、季節ごとにお便りをもらう。「どこの山に行った、あの山に行くよー・・・」といった田部井さんの山登りの消息を伝えるものだ。いつも思う。元気の良い言葉とともに、本当にどこへでも出かけてその国の最高峰を登ってくる。彼女が世界で一番の国別最高峰登頂者であろう。

最初に懇意になったのが35年近く前、雑誌のインタビューでお宅にお邪魔したときだ。何の話をどう聞いたかすでに記憶が薄れたが、女性、母、主婦としてヒマラヤ登山と家庭は両立できるのか?という話だったと思う。ご主人の政信さんは私たちの憧れるクライマーで、初登攀記録をいくつも持つ登山家で、お二人に興味津々であった。

エベレスト後は、山登りのほかヒラリーさんのヒマラヤン・トラスト運動に共鳴し、環境保護団体の設立や、山岳会を始めとする団体の役職などもこなし、海外との付き合いをより深め、世界の田部井として山の世界に貢献してくれた。特にネパールとの友好親善には『エベレスト、イコール田部井さん』で日ネ国際親善にはなくてはならない人であった。相当数をこなしたであろう講演では、さっぱりとした口調が魅力的で誰でも引き込まれた。

さらに田部井ブランドの登山ウエア制作、山ガールのグループ設立、好きなシャンソンとパワー全開、多角的な大活躍。ほんとに驚くほど能動的で、数年前に病みついたお話があったときも、あまりにも普通なので気にも留めなかった。

ヒマラヤでは女性だけの登山隊にこだわり、意地のようなものを感じたが、当時の女性だけでエベレスト隊を、今まさに検証、再評価する時期ではないかと思う。女性隊はそれなりに複雑で難しい面も多かっただろうと思うが、オーガナイザーとしての手腕は見事なもので、世界に比する者なし・・・と思っている。

田部井さんは山に関して言えば、相当な欲張りだ。もうここでよいは無かった。最後まで現役・・・山からのパワーを薬代わりにして、さらに山へ・・・小柄ながらスペシャルターボ付の心体ではなかったか。彼女の残したもの、残されたモノを引き継ぐ者たちは母のような存在を失った。田部井さんからは心に届く栄養をいつももらったような気がする。

合掌

2016年10月24日 サンガク主宰 大蔵 喜福

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